あれは残業を終えて帰宅した、くたくたの金曜日の夜でした。一日の疲れを洗い流そうとシャワーを浴びる前に、何気なくトイレに入りました。そして、習慣でカチャリと内鍵をかけたのです。その数分後、その何気ない習慣が、私を恐怖のどん底に突き落とすことになるとは、夢にも思っていませんでした。用を済ませ、ドアノブを回した瞬間、妙な手応えのなさに気づきました。空転しているような、力が全く伝わらない感覚。何度ガチャガチャと回しても、ドアはびくともしません。一瞬で血の気が引き、心臓が早鐘を打ち始めました。スマートフォンはリビングに置いたまま。一人暮らしの静かな部屋では、大声を出しても誰にも届きません。パニックになりかけた頭で、必死にドアノブを見つめました。古いタイプの鍵で、外側に非常解錠装置らしきものはありません。ドアを力任せに叩き、揺さぶりましたが、頑丈なドアは虚しい音を立てるだけです。狭い空間で、時間が経つにつれて息苦しささえ感じ始めました。どれくらいの時間が経ったでしょうか。絶望しかけたその時、ふと、ドアの下にわずかな隙間があることに気づきました。私はポケットに入っていた一本のボールペンを取り出し、その隙間からリビングに向けて必死に押し出しました。床を転がるボールペンの音が、外の世界に届くことを祈りながら。その祈りが通じたのか、しばらくして、私の物音に気づいた隣人が「大丈夫ですか」と声をかけてくれたのです。その声を聞いた時の安堵感は、今でも忘れられません。結局、駆けつけてくれた大家さんが持っていた合鍵で、私は無事に救出されました。あの恐怖の30分は、鍵のメンテナンスを怠っていたことへの警告であり、そして、どんな時も冷静さを失ってはいけないという、痛い教訓を私に教えてくれました。