鍵職人である私の仕事場には、毎日のように様々な鍵と、それにまつわるトラブルが持ち込まれます。鍵が回らない、鍵が抜けない、鍵を失くした。お客様の困り顔を前に、私は小さなライトを手に、鍵穴というミクロな世界を覗き込みます。そこには、長年の使用によって刻まれた、持ち主の暮らしの歴史が見えてきます。鍵穴の中は、決して綺麗なものではありません。何年もかけて蓄積した微細な埃や金属粉が、潤滑油と混ざり合って粘土のようになっていることもあります。時には、子供が悪戯で詰め込んだ木の枝や紙くずが見つかることも。鍵の不調の原因の多くは、こうした異物によるものです。また、長年愛用されてきた鍵そのものにも、歴史は刻まれています。新品の頃は鋭く尖っていたはずのギザギザの山は、何万回という抜き差しのうちに角が取れて丸くなり、摩耗しています。このわずかな摩耗が、鍵穴内部のピンを正しい高さまで押し上げることができなくなり、ある日突然、鍵が開かなくなる原因となるのです。私たちが作る合鍵の精度も、このミクロな世界では非常に重要です。百分の一ミリ単位のズレが、鍵の回転を渋くさせたり、鍵穴内部を傷つけたりします。だからこそ、私たちはキーマシンを慎重に調整し、削り終えた鍵に付着した微細なバリを一本一本丁寧に取り除くのです。鍵を開けるという作業は、単なる物理的な行為ではありません。それは、鍵穴の内部で起きている問題を正確に診断し、繊細なピンの一本一本と対話しながら、その秩序を回復させていく、まるで外科手術のような作業です。今日も私は、この小さな鍵穴の中に広がるミクロな宇宙と向き合い、お客様の「困った」を「安心」に変えるために、道具を手に取るのです。